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2014年8月16日 (土)

「N・K 家住宅」調査記録

R0019953_2                西側の道路面
当住宅は、旧福吉村吉井地区に在る。佐賀七山へ通じる旧街道筋に面し、周辺は歴史を感じさせる落ち着いた佇まいの住宅地である。
R0019947_2                主屋 南側正面
当家初代小助氏によって大正2年に建てられたその住宅は、築後100年を経ており、式台玄関を構え、その軒裏まで漆喰で塗り固めた土蔵風な造りは、近辺にあってひときわ重厚な雰囲気を醸し出している。
R0019951
            十坊山を背景に北側から望む
小助氏から4代目になる現当主の話によると、かって主屋周辺には土蔵や納屋、そして福吉製紙組合の工場などが建ち並んでいたとか。
福吉地区は、江戸時代の明和から昭和初期に至るまで製紙業が盛んであった。それは「福吉紙すき唄」という唄まで残されている程である。
R0019937_2          当家に保存されている吉井白保紙
この製紙業を始めたのが当家の本家であり当地区の庄屋であった楢崎多吉郎氏で、耕地が少なく農業だけでは生計が苦しかった農民救済のために、自ら製紙法を学び地元に広めたという。
小助氏は多吉郎氏から3代目になる分家ではあるが、製紙業を更に発展させるため明治43年に「福吉製紙生産組合」を設立。初代組合長として、また村長も勤めるなど活躍する。福吉の紙は販路を京阪神や朝鮮大邸方面にも広げ、最盛期の生産額は村歳出の3倍を超えたと記録されている。
R0019940                  座 敷
棟木に棟梁大庭◯◯と記されている。地元にはかって宮大工筋の大庭工務店や石工筋の大庭組があった。小屋裏の重厚な木組みや敷地の見事な石垣などから、多分その手によるものと思われる。繁栄を極めた当家が、地元の職人に大いに腕を振るわせたのであろう。
R0019954              「まむし湯」源泉
まむしに咬まれて苦しんでいる人々がその効力を伝え聞いて遠方からも治療に訪れ、一時期は部屋に入りきれず廊下に寝る程湯治客が多かった「まむし湯(伝承名:貴船湯)」。その源泉井戸も当家の所有地の中にある。
(2013年5月18日調査:瀬崎敏博)

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