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2014年8月15日 (金)

「M・K 家住宅」調査記録

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当住宅は、旧怡土村井原地区に在り、当地の氏神様である住吉宮の西側に接する。初代朝次郎氏の日露戦争復員後に、分家住宅として明治30年代に建造され建築後100年以上が経過していることになる。
当主婦人の話によると、井原地区の旧庄屋三苫家の分家筋にあたる朝次郎氏は秀才で日露戦争でも将校として功績があった。そのため、本家は養子に出さず田畑を分け与え、当住宅も造り与えたとか。
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その後、朝次郎氏は旧怡土村村長を勤めるとともに、俳人高浜虚子の愛弟子となり俳号「寸陽」として数々の俳句と書を残している。
R0019062_3           碧悟桐・寸陽・虚子の三俳人の句
当家を訪問すると、まずその庭野広さと花木の多彩さに驚かされる。90歳になる二代目当主が丹精込めて手入れされており、4〜5月の花の時期は見事である。
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そして住宅内に入ると、それはまさに文人の家である。襖に張られた書の見事さに圧倒され、また孫娘さんにその才が引き継がれたのであろう書画などの作品が数多く飾られている。
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当住宅の敷地は大きな杉、桧また槙の防風林に囲まれている。瑞梅寺川流域の水に恵まれた平野地である当地は井原山から吹き下ろす風が強く、東北地方ではこの防風林を「イグネ」と呼んでいるが、糸島地方では特に呼称は無いようだ。
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福岡市から日向峠を越えると目に入るこのような田園風景。それは主に旧怡土村地域で培われてきた風景であり、糸島が魅力ある糸島であり続けるためには、これからも大切に保全していきたい景観財産である。
(2013年4月21日調査:瀬崎敏博)

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