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2014年7月31日 (木)

「K・G 家住宅」調査記録

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当住宅は、糸島市最高峰(標高983m)井原山の南側山麓に位置する37戸ほどの中山間集落である川原地区に在る。
当地区は、近年、福岡市早良区への県道56号線も整備され、またゴルフ場に隣接した温泉付き別荘地も開発されるなど、福岡都市圏の近郊行楽地として発展の期待が寄せられている。
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当住宅は、築後77年。現当主の四代前、農業と林業を営んでいた源七氏により昭和10年から11年にかけて築造された。施工は、近隣の高祖地区の肥村棟梁と大門地区の藤田氏の手によるものである。
主屋、納屋、土蔵などがあり、延べ床面積は約300坪。その規模の大きさもさることながら、大きな松梁は熊本の人吉から、杉・桧の良材は大分の日田から運ばれたと伝えられ、そして大黒柱には欅の4寸角、また廊下や格天井には桜などの銘木が使われている。
主屋の造りは、式台玄関を入ると左手側には三間続きの座敷があり、
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同玄関を真っすぐ進むと商家に見られるような吹き抜けの間がある。
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それに続いて居間や寝室などが、面白いことにそこには丸や四角のトップライトが設けられている。
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現当主に農家住宅には珍しいこれらの造りを質問したら、「よく判らないが、当時は金融業もしていた。」とのこと。
推察するに昭和初期の頃、農林業は大きなお金を生み、そのお金の運用でさらに財をなした先代が、明治以降の身分制度廃止とともに建築様式も自由になり、かつ洋風の技法も伝搬された当時にあって、農家にとって憧れだった武家や商家などの住宅建築様式を取り入れたのであろう。贅を尽くしたその造りに当時の当家の隆盛が偲ばれる。
(2013年2年17日調査:瀬崎 敏博)

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